2003年(後半)

 

アバウト・シュミット
 
何もしてこなかった男に訪れる人生のしっぺ返し。
一見感動もののように見せ掛けた、大変底意地の悪い映画。(褒め言葉です)
ジャック・ニコルソンが次々やってくるしっぺ返しに呆然とする、その表情がすばらしい。

 



めぐりあう時間たち
 
自分のために生きるってなんて難しいんだろう。
人は独りでは生きていけない、けど時として人間関係が重荷になったり、逆に気がつかないうちに誰かに依存しているのかもしれない。
自由に生きているように見えるメリル・ストリープ演じる現代の女性もそれから逃れる事は出来ていない。
逆に、大きな犠牲を払って自分のために生きる事を選択した、ジュリアン・ムーアの方が自由に見えてしまう。
自分にも周囲にも犠牲をしいながら「後悔はしていない」と言う彼女の表情がなんとも言えず素晴らしい。
どう考えても、(ニコールは好きだけど)彼女にアカデミー賞は与えられるべきだったと思う。
実は疑問だったのが、ヴァージニア・ウルフ(ニコール)のパート。
「生きること」がテーマなら、なぜ最初に彼女が自殺するシーンを持ってきたのかなぁ?
「ダロウェイ夫人」を読むと解るのかしらん。
ところで、ジュリアン・ムーアが家を出たのは、優しい夫や子供に囲まれながらなぜか満たされない心の空洞を抱えていた彼女が、トニ・コレットに思わずキスしてしまったことで、自分がレズビアンだということに気がついてしまい、それ以上偽りの暮らしを続けることが苦しかったから。
という解釈を友達に話したら物凄く驚かれたんですけど、なんか私間違ってる?

 

下の2本は「バスク・フィルム・フェスティバル」にて 


月曜日にひなたぼっこ
 
造船工場の閉鎖により失業した男たち、なじみのバーにたむろして無為に日を送る毎日。
このままじゃいけないと思ってはいるんだけど、なかなか踏み出せないでいる彼らにある出来事が…という話です。
重苦しいテーマなのに、不思議とそうは感じませんでした。
登場する男たちはみんなダメな人たちなんだけど、その1人1人に暖かい視線 が注がれており、何気ない会話や行動が時としてユーモラスに、あるいは秘かな苦渋を滲ませる、といった具合に細やかな感情を丁寧に描かれています。
地味だけど、しみじみ良い映画だと思います。
 

 


800BALAS(原題)

この秋公開予定のアレックス・デ・ラ・イグレシア監督の新作。
過去の栄光と後悔を胸に、寂れたウェスタン村に暮らす男と、その村を壊してテーマパークを作ろうと画策する女実業家(実は因縁があるのだけどネタバレになるので書けない)の対決。
主役のフリアンを演じた人といい、脇の役者たちといい、味のある顔揃いで感動すら覚えるほど。
時代遅れと知りつつ、自分の誇りのために立ち上がる男、ちょっとサム・ペキンパーの映画にでも居そうなそんなフリアンの姿を通して、監督のウェスタンとそれを影で支えたスタントマンたちに対するリスペクトが、ずんずん伝わってくる快作。

そして、最後にはなぜか清々しくなるむちゃくちゃな展開はこの作品でも健在。

監督来日してたらしい…気軽にサービスとかしてくれたらしい…会えなかったのが本当に、本当に残念だ〜(しつこい)

追記:2004年現在、この作品が公開される気配はまだない…なぜだ!

 

ロスト・イン・ラ・マンチャ

子供みたく楽しそうに、出来上がるはずの映画を語るテリー・ギリアムの表情が見る見る曇っていくのが可哀想なんだけど、笑える。
でも、いくらなんでも見通しが甘過ぎるんじゃないのかと思ってしまいました。

 

チャーリーズ・エンジェル・フル・スロットル

さて「チャーリーズ・エンジェル/フル・スロットル」(長いので以下フル・スロットル)
某雑誌(メイン読者男性)で年間ベスト1にまでなってしまった前作を嫌う女子は大変多いです。
私は、異常に持ち上げるにしても、けなすにしてもそこまでムキにならんでもと思うわけですが。

思えば前作は、キレイな(異論もあるだろうけど)お姉ちゃんたちが、シリ振ったり、谷間見せたり、コスプレしてくれたりして、しかもアクションまでやってくれる
うほっ!
な状況はイカくさい‘男子中学生’の夢をまんま映像化したようなもんです。
だから、な〜にやってんだか、と女子の反発を買う、と。

で、前回と何も変わってないようにみえる「フル・スロットル」なんですが、
大きく違うのはこれが‘女子高ノリ’な映画だって事ですね。
基本テーマは「私達、何があっても一生お友達よね!」てことで、あとは自分達がしたいこと、楽しいと思うことを取りあえず何でも詰め込んぢゃえ〜
と、出来上がったのがこの映画だと思われます。

ストーリーがどうこうとか、ちょっとみんな前作よりブ○イク度が増したんじゃ(だって男子の目あんまり意識してないしぃ〜)とかつっこむのは意味がありません。
アクションシーンも見せ方が上手くなり、前作のちょっと無理してやってみましたから

‘ありえね〜、わはは!’の域に達し、なぜかてんこもりな80年代映画のパスティーシュ(ドリューの元カレが出るたびに「ケープ・フィアー」の音楽が流れるのには笑った)までも盛り込まれて、今ならお徳な1000円!(レディースデー価格)なら何の文句があるでしょう。
たとえ、映画館を出て3秒後に内容を忘れても。

今回の悪役としてデミ姐さんを持ってきたのは大変正しい選択でした。
女子高には憧れのかっこいい先輩がお約束です。
お金掛けたんだから見せるわよ!とばかりこれでもかと、水着に毛皮とか、意味のないセクシーショットやハイヒールキックを披露。
その吹っ切れ具合が好きだわ〜
「私はbestじゃない、greatなのよ!」とたんかを切るに至っては、思わず今年のバレンタインにはチョコを下駄箱に入れようかと…

ボスレー役のビル・マーレーが降板してしまったのが残念ですが、かわりにルーシー・リウのお父さん役でジョン・クリーズが登場してくれたのでまあ、よしとするか。

あと、冒頭カメオで登場するあの人の株が、私の中でかなり上昇したのはいうまでもありません。

 

少女の髪どめ

とある工事現場で働く青年ラティフ。彼の仕事は現場の作業員にお茶を出したり、食事の世話をしたり。
楽な仕事をてきと〜にこなし、お気楽に自分勝手に暮らしている。

ある日怪我をしたアフガン人の代わりにその息子が働きにやってくる。
まだ小さいその少年が彼の仕事をすることになり、ラティフは現場へとやられてしまう。
楽な仕事を取られたと、何かと少年につらく当たるラティフ。
けれどもふとしたはずみに知ってしまう、少年は実は女の子だということに。
働けなくなった父親の代わりに一家の生活を支えるため、男装していたのだ。

それを知った彼は、とにかく少女(バラン)の事が気になってしょうがない。
他の作業員が彼女につらくあたったりすると、やたら突っかかっていったり。
「可哀想だた惚れたって事よ」なんだけど、彼はそれが恋だとすら気がついていない。

自分自身初めて持った感情に戸惑いながら、何かに突き動かされるように行動しはじめる。ただ、彼女のために。
でも、彼女には声すらかけることは出来ない。ただ物陰からそっと見つめるだけ。
その姿はある意味滑稽ですらあるけれど、打算のない純粋な気持は胸を打つ。

自分の事しか考えない子供だったラティフは、恋することで人を思いやる心を知り、まわりの世界へ目を向けるようになる。
彼の想いは悲しい別れを迎えるけれど、すっかり大人の顔へと成長をした彼の上に春を告げる雨が優しく降り注ぐ。

彼の与えた愛はバランへ伝わり、きっと希望の花を咲かせると信じたくなる。


ミニミニ大作戦

 リメイクといっても、昔(’67年)の映画のアイデアだけ借りた作品。
泥棒映画はいつ、どこで、どのように盗むかが肝で、変な人間ドラマとか、色恋沙汰はいら〜ん!と思ってる私には大変楽しめました。
そういう意味ではエドワード・ノートンのやる気のかけらも感じられない演技もプラスに働いたかもね。
もうちょっとおとぼけ感があっても良かったと思うけど。
それから、誰がなんと言おうとも、このタイトルで公開した配給会社に「あんたは偉い!」(小松政夫調でよろしく)と言いたい。


メラニーは行く!

リース・ウィザースプーン大好きな私ですが、これはいけません。
安易な田舎礼讃には辟易だし、リースもただの自分勝手な女(別に親が平凡な農家(だっけ?)だからってなんでそれを恥じて隠す必要があるわけ??)にしか見えないし。
女は自分の力で道を切り開いて成功するより、男に従って子供産めってか?
けっ!


トーク・トゥ・ハー

アブノーマルな愛の物語を、感動へと導く荒技はやっぱりこの人ならでは。
恐ろしいほどの愛の孤独。届かぬ言葉。それでも想いを伝えるために…
「彼女に話し掛けて(Hable con Ella=原題)」
もう1回見てから長文書くかも…

追記:といいつつ結局書いてないのですが、いつかなんとかしたい、とは思ってます


人生は、ときどき晴れ

登場人物すべてが人生に疲れているので、観てるこっちも少々疲れるし、あることがあってほんの少し緊張状態が緩和されるのだけど、別にそれですべての問題が解決するわけでもない。
それでも、すべてか何も無いか、どっちかの選択を迫るより(原題は「All or Noting」)

程々の方が人生は生きやすいもんなんだと思わせてくれる。
ラストの長女の醒めた目つきが、なんだかリアリティがあって好き。


シティ・オブ・ゴッド

まさしくブラジル版「仁義なき戦い」。
天下をとるために喜んで手を血に染めるもの。
皆から愛され、平凡な生活を夢見ながら凶弾に倒れるもの。
真っ当な生活を送るはずだったのに、歯車が狂い暴力に身を投じるもの。
渾然一体となったエネルギーに圧倒される。
正直目を覆いたくなるようなシーンもあるこの映画で、唯一銃を手にする代わりにカメラを持ち、観察者となることですべてを見届けるブスカペの存在は救い。




藍色夏恋

大人になる前の、淡い憧れや揺れる気持。ああ、青春て素晴らしい〜
主役のモンの中性的な雰囲気も、チャンの小生意気な感じも、モンの親友リンの夢見る乙女なところも、ああいるいるそんな子という感じで良い。
台湾の夏はとっても暑いはずなんだけど、不思議と涼風が吹いてるような映像が清々しく、爽やか。
かつてはこういうのって日本映画が得意としていたはずなんだけどな〜
と思ったけど、こんな高校生、日本じゃ絶滅危惧種だもんね…

 

パンチドランク・ラブ

♪He need me,He need me,He need me,He need me♪

この映画を見た後シェリー・デュバルの歌うこの歌が頭でぐるぐる廻ってます。
ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)の新作はなんとも形容しがたいラブ・ストーリー。

ストーリーだけ取り出してみれば、神経症ぎみな、ちょっと世間からずれた青年が、1人の女性と出会い、恋することによって強くなるという(ざっくり要約するならね)良くある話なんです、が。

ただしPTAはその物語を、しつこいぐらいに人工的な、サウンドデザイン(なんだかジャック・タチみたい。あら、これって発見?と思ったら、映画の後読んだインタビューでPTA自身がタチを意識したと語ってて、ちっ!て感じなんですが、せっかくなので書いちゃおうっと。)と色彩、不思議なアートワーク、怪しげな傍役(7人の姉たち、怪しい4兄弟、ルイス・ガスマン、そしてフィリップ・シーモア・ホフマン!)そして前述の「He need me」で彩ってしまいます。
それは誰にも似ていない、まさにPTAにしか撮れない世界。

わたしは、バリー(アダム・サンドラー)の苛立ち、ときめき、焦燥感、高揚感、怒りを一緒になって感じ、そのエモーショナルな波に身を任せ…
ラスト、1人称の世界が2人称の世界へと姿を変えた時、体が震えました(決してエミリー・ワトソンの顔が怖かったからではない)
ああ、まったくPTAの手のひらでくるくる踊らされてるよう、くやしいけど。

PTA映画初出演のアダム・サンドラーですけど、私がここまで感情移入してしまったのは彼の力によるところも大です。
あのフィリップ・シーモア・ホフマン相手に堂々と張り合えるなんて、映画観る前に誰が予想したでしょう。

見終わって映画館を出ても頭の中で音楽は鳴り続け、いろんなシーンがフラッシュバックしまさにパンチドランク状態。

というわけで感想にもなんにもなってないですね。
まあ、そんな時もあるって事で。

 

エデンより彼方に

何不自由ない中流家庭の主婦として、幸せな生活を送っているかに見えたキャシー
だがある日、夫の秘密を知ってしまい衝撃を受けた彼女の慰めになったのは、知性と教養にあふれ、穏やかな物腰のハンサムな男性。ただし彼は黒人だった…

目のさめるような美しい映像と供に語られ、古式ゆかしいメロドラマの体裁をとりながら、そこへ監督のトッド・ヘインズは50年代だったら口にすることさえタブーだったホモセクシュアルや異人種間の恋愛を持ち込んでみせる。
様式というのは硬直化して変化のないものに思われがちだけれど、そうであればあるほど、うちにあるものが純粋化されて見えてくるという効用もあるのだ。
そうして浮かび上がってくるのは、理想に見える社会の欺瞞。
ルールに従わないものは即座に排除されるという閉鎖性。
理想の主婦から一転、排除される対象となったキャシーはしかし、それまで知らなかった新たな生き方へ目を開かされていく。

まるで「めぐりあう時たち」と裏表のような役柄のジュリアン・ムーアが美しく、クラシカルな衣装に身をつつみ、あくまでも五十年代の女性にふさわしく、うちに秘めた感情を抑えるような態度のなかに、変化を感じさせる演技がすばらしい。

映画の舞台になった時代から50年あまりの時が経って、制度的には人種差別は無くなったしホモセクシュアルもタブーではなくなったようにみえる。
だけども人の心はどのくらい自由になったのだろう?
「出来ると思う?表面にとらわれず本質だけを見る事が」という問いかけは現代においてもいまだ胸を刺す。

この映画の元になったという「天はすべてを許したまう」を見たことはないけど、タイトルの「Far From Heaven」から連想してみるに、聖書の中でイヴは知恵の実を食べて楽園を追放されるが、その時から本当に人間として生きることを知った、とも言える。
同じように楽園を追放されたキャシーには、困難ではあっても本当の人生が待っている。

ラストに咲く花はそのことを祝福しているように思えた。

 

コンフェッション

以前からここへいらして下さっている方々にはお分かりのように、私はジョージ・クルーニーの大ファンでして、当然彼の出ている映画は、いささか評価が甘くなってしまうわけですが(あっ!「バットマン&ロビン」は無かったことに…)そんな私でも、最初にこの話を聞いた時は「だ、大丈夫なのか?」と思わずにいられなかったわけです。
なにしろ、初めての監督作品なのに、脚本があのチャーリー・カウフマン「マルコビッチの穴」だっていうんですから。

主人公のチャック・バリスって人はよく知らないんですが、日本でも「テレビに出たいやつみんな来い」(たけしがやってた)「パンチDEデート」などとしてパクられた、テレビの大物プロデューサーにして司会者だったそうで、日本で言ったら、たけしや欽ちゃんが殺し屋だったと告白しているようなものかと。

そんな、いかがわしい人物の、いかがわしい“自伝”をときにシリアスに、ときにユーモアを交えつつ、緩急自在…とまではいかないものの、いかがわしさたっぷりに映像化することに成功しているのではないでしょうか。
いや、正直これほどとは、嬉しい誤算であります。

ただね〜、ジュリア・ロバーツがね…あまりにも下手くそで…(彼女はノーギャラだそうですが)あれが他の女優だったらな〜と残念。
サム・ロックウェルはなぜか全体の1/3ぐらい全裸状態で怪演。(趣味?)

そもそも芸能界の浮き沈みの激しさをお父さんや伯母さん(歌手のローズマリー・クルーニー)の例を通して目の当たりにし、自身も30過ぎまで鳴かず飛ばずだったジョージが、バリスの「Dangerous mind」に共鳴し、監督を買って出たのだとしたら、今は順風満帆、何も怖いもの無しに見える彼の心の暗黒面が垣間見えるような気がするわけで、それはそれで…うふ。

この映画でのジョージの役は「ビューティフル・マインド」のエド・ハリスの役と同じと思われるのですが、なんと、ドリューの演じたペニーも実在しない人物なのだそうです。(一応、最初の奥さんがモデルらしいですが)
どうりで年とらないわけだよ…(え?ちがう?)

 


マイ・ビッグ・ファット・ウェディング
 
部分部分が面白くて、笑っちゃうところもたくさんあったんだけど、 う〜ん、旦那になる人がどうしてそこまでトゥーラの方のしきたりに従ってくれるのかがよくわからないので、そこがいまいち…
お父さんのキャラクターは最高。
今までギリシャ系ってジョン・カサヴェテスしか知らなかったんですがカサヴェテス家もこんなんだったのかしら…?イ、イメージが…


英雄
 
これなんだよ!私が見たかったのは!
ひるがえる衣、舞い飛ぶ紅葉、凄まじい矢の雨、CGじゃない大群衆
眼も眩むような美しい映像とスケール。
恐るべし、中国五千年の伝統。
アクションを期待していた人は物足りなかったかもしれませんが、私は剣客たちの義侠心に燃え(萌え)ました。
 


セクレタリー

もっと陰微な感じかと思ってたのですが、意外とユーモラスでした。
自傷癖があって暗いマギー・ギレンホールが、Sっぽい上司(ジェームズ・ スペイダー、超ハマり役!)によってなぜかだんだん明るく綺麗になって自信に満ちていくという、責める者と責められる者が、だんだん逆転していくのが面白い。
これも、ある意味純愛なのね。
 


アンダーカバーブラザー

  SOLID!!


アダプテーション
 
相変わらず捻くれた脚本に変な映像(地球の歴史が面白い)でこちらの頭を掻き回してくれるのですが、一番身に沁みたのは「書けない…」ってことだったりして。
つまらないブロックバスター映画で省エネ演技をしていたニコラス・ケイジの復活が嬉しいお帰り、ニック。


ウェルカム・トゥ・コリンウッド
 
愛すべきダメな人々のダメな金庫強奪計画の顛末。
思った通りの失敗の連続に、くすくす笑ってしまいました。
ウィリアム・H・メイシーとマイケル・ジーターは、出てくるだけで哀愁漂うよね。
ジョージの出番はちょっとだけです。

 

くたばれ!ハリウッド

この映画の元になった本は数年前に読みました。すっごく面白い本です。
このロバート・エヴァンズという人、何と言うか、ハリウッドの生ける伝説みたいな人なので登場する人物も映画もむちゃくちゃ豪華。

プロデュースした主な作品だけでも「ローズマリーの赤ちゃん」「ゴッドファーザー」「チャイナタウン」「コットンクラブ」………
交友関係はロマン・ポランスキー(映画には出て来ませんが彼の妻シャロン・テイトが殺害された時、エヴァンズも招待されていたのに仕事で行けず難を逃れています)ジャック・ニコルソン、ダスティン・ホフマン、ヘンリー・キッシンジャー等々

彼は、ダリル・ザナックになりたくてプロデューサーに転向しただけあっていわゆる旧いタイプのプロデューサーで、製作のすべてにおいて強権を振るう強烈な俺様男であり、その彼が語る「俺様による俺様史」なので、それぞれの関係者からすれば異議を唱えたい部分は

(特にコッポラ)かなりあるはずですが、それを割引いてみても実に面白い。
俺樣節はともすれば嫌味になりがちですが、彼は映画の世界で育ち、この仕事を本当に愛しているという事が伝わってきます。

映画には現在の本人が登場しない代わりに、膨大な量の写真、フィルム、ビデオがこれでもかとばかりに伝説を補強。(これらはほとんどが本人所蔵のものだそうです。やっぱり自分大好き人間だわ)
特にすごいのが、パラマウントの親会社の重役達にクビを撤回させるために作った(監督はマイク・ニコルズ!)フィルムでしょう。

本人が自分のベスト演技だったという通り、いかにも自信にたっぷりに、今手掛けている作品がいかに有望かを語るエヴァンズ。
山師人生これに極まれりです。
これとエンドロールに流される、ダスティン・ホフマンの演じるエヴァンズの物まねの二つだけでも観る価値があります。
もちろん、クビは撤回され、その作品「ある愛の詩」で大ヒットを飛ばし、はったりは現実になるわけですが。

そんな山師人生ですから、失敗作も多数あり、一番愛していた妻アリ・マッグローはマックイーンの元へ去り、40才も過ぎてドラッグに手を出してみたり、殺人事件(本人には直接関係ないのに)に巻き込まれたりして、すべてを失って(この時に彼のために奔走してくれたジャック・ニコルソンのエピソードが泣かせる)
それでもなお映画の世界に留まり続けた彼の、波乱万丈といしか言い様がない人生。
ぜひとも本の方も合わせて読む事をお勧めします。
とても映画に出来ない分量のエピソードが満載なので。

エヴァンズは現在73才。今も現役のプロデューサーとして活動し(最近作は「10日間で男を上手にフル方法」)ついでに言うと最近6番目の奥さんと別れたらしい。
自伝の第2弾も執筆中だそうです。

無間道(インファナル・アフェア)

最初に、これだけは言っておきたい。
この邦題はどうしても納得いかん!英語タイトルをそのままカタカナに直しただけ、と言われればそれまでだが「インファナル」と聞いて「地獄の」と解る日本人がどのくらいいる?
せっかく漢字の国に生まれて来て「無間道」という素晴らしいタイトルがあるのに、意味不明のカタカナにした映画会社の考えが微塵も理解出来ない。
一説には「無問題」と間違われるからとも言われているけど、アホか!
と、いう事で私はあくまでも「無間道」と呼び続けるのでよろしく。

かたや、マフィアへ送り込まれた潜入捜査官(梁朝偉 トニー・レオン)かたや、スパイとして警察に送り込まれた男(劉徳華 アンディ・ラウ)
それさえ分かっていれば、あとは何をいってもネタバレになるので語らない。

潜入捜査官という設定そのものはそれほど珍しいものではないけれど、なによりも、アラだらけの設定を派手なアクションの力技で押さえ込んで来た、従来の香港映画とは違って、緻密に作りこまれた脚本が素晴らしい。
様々なシーンや小道具が伏線となり、先の読めない展開に緊張感が途切れる事は無い。

派手なアクションシーンは皆無に近いにもかかわらず、ギリギリの精神状態の中、熱くたぎる男のドラマに、いや、その熱さを覆い隠す、手を触れれば切れそうな、伶俐な映像に心震える思いがした。

トニー・レオンとアンディ・ラウという2大影帝(主演男優賞受賞者)が、お互いに化学反応を起こしたような、素晴らしい演技を魅せる。
脇を固める、曾志偉(エリック・ツァン)、黄秋生(アンソニー・ウォン)も素晴らしい。

ラストの一言(泣)に至るまでの心の葛藤。「無間道」の言葉の重みをずっしり噛み締めるそのシーンに‘男泣き’必至である。

瑕疵を言うなら恋人絡みのシーンが、少々だれてしまう事だろうか。
男の世界にゃ女はいらねえんだ!と自分が女にもかかわらず思ったりして。

 

ファム・ファタール
 
どこを切ってもデ・パルマなデ・パルマ金太郎飴のような映像と、ツッコミどころ満載のストーリー展開に「んなバカな!」と思いつつ、けっこう楽しかったりして。
結局「自分の人生は自分でつかめ!」ってことよね、と妙に納得したり。
レベッカ=ローミン・ステイモスは、青くないとネーヴ・キャンベルに似ていることが判明
バンデラスがただのおっさんになってしまったのが、ちとショック…


名もなきアフリカの地で

最初、子供の成長物語なのかと思っていたら、途中から夫婦の話に変わってしまうので、ややどっち付かずになってしまったような気が。
料理人のオウアが、セリフは少ないけれどアフリカの大地そのもののような存在感を表していて素晴らしかった。アフリカの人は美しいなぁ。
主役はアフリカの大地そのものと言えるかも。


座頭市

 良かったところ
 一、市を徹底的にアウトロー、として描いているところ。(勝新との違い。「その男、凶   暴につき」を思わせる)
 一、刀が凶器で、斬れば血が出るし素人が扱えるもんじゃないというのを描いているとこ   ろ。(べつに教育的意味じゃないよ)
 一、殺陣の切れがよかった(あの予告編のヘタレさはなんだったんだ?)
   まあ、編集の妙と言えるけど。

 良くなかったところ
 一、ストーリーがテレビの必殺みたいでしょぼかった。
 一、脱力コントは………どうなんだろうなぁ?
 一、最後のタップは、まあよかったと思うんだけど、途中の畑のところとかはとって付け   たようでいまいち。
 一、夏川結衣の役(浅野忠信の妻)はいらないだろう。ああいう女性(「HANABI」の岸   本加世子みたいな)にこだわるのは何か理由が?

 と、いうような事を念頭に長文を書こうとしていたのですが、上手く行かないので、そのまんま書いてみたりして。


10話

イランには珍しい(であろう)離婚歴のあるキャリアウーマンの運転する車内で交わされる会話の数々。
息子、老婆、娼婦、失恋した女性…カメラは固定だし、車外もほとんど映らないし、退屈な部分もあり、でもときどき目の離せなくなる瞬間も訪れる。
特に失恋した女性が見せたある行動のシーンは、印象的。
息子との会話(3回ある)も面白い。映画だからって最後に和解したりなんかしないのがいいところ。あの息子の演出はどうやったのだろう?
この監督のことだから、かなり悪らつな手を使っているはずなんですが。
なんとも不思議な作品。
キアロスタミでなきゃ作れない、作らない映画。


フリーダ

お下げ髪のサルマ・ハエックの女学生姿に「この子の七つのお祝に」の岩下志麻かと……。
監督が「タイタス」の人だしフリーダ・カーロだし、さぞや濃い映画に…との予想と違い、意外とあっさり味。
サルマは熱演でしたが、フリーダの生涯をなぞっただけと云う感じになってしまったのは残念。
なんだか空気が冷たい感じがして、メキシコの熱い太陽って感じがしないんだよなぁ(ってメキシコに行った事なんかないんだけど)
あと、セリフはやっぱりスペイン語にするべきだったんじゃ?
音楽(これは良かった)がスペイン語なのにセリフが英語ってのは、凄く違和感がありました。
アメリカ資本だからしょうがないのかな、せめて2バージョン作って選べるようにしてくれればよかったのに。
気に入ったセリフ(でもうろ覚え)の自分用メモ
「他人がどう言おうと、絵を描かないと死んでしまうのなら君は画家だ」

 
パイレーツ・オブ・カリビアン
 
ジョニー・デップとジェフリー・ラッシュのストーリーをメインに1時間半ぐらいにまとめたら、もっと面白かっただろうに……でも、それじゃ客は入らないんだろうな。


ローマの休日(デジタル・リマスター版)

ほんとに日本人はこの映画が好きだよね。(私もその1人だけど)
やはり大画面で見ると、最後のシーンとかの二人の微妙な表情とかがよく見えて、なんでかまたウルッと来てしまいました。
衣装の変わり方(1着の着回しのお手本。イーデス・ヘッドの腕の冴え)が、あんなに急激(カットが変わるともう変わってる!)だったのも初めて気がついたし。
グレゴリー・ペックの役は最初ケーリー・グラントだったらしい。
そのほうが、スクープ狙いのいいかげんな記者がだんだん本気になっていくって感じがよく出たかも。
グレゴリー・ペックだと最初から真面目な人に見えるから…でもそれがかえって良かったのか、という気もします。
 
デジタル・リマスターというわりにはフィルムの傷があまり修正されてなかったし、音声もノイズが残ってたけど、だんだんそういう事は気にならなくなってしまうのは、やっぱり映画の力なのね。

 

マトリックス・レボリューションズ


なんだか「リローデッド」の後に、感想は別項でと書いたように思うのですが気のせいでしょうか?
きっと気のせいです。そうに決まってます。

まあ「リローデッド」と「レボリューションズ」は合わせて一つってことで…
たぶんネタバレはして無いはずですが、一切知りたくないと言う人は御注意を。


「マトリックス」の何がそんなに画期的だったのか?と顧みるに、それは 「バレットタイム」でも哲学的な世界観でもなくて、ぶっちゃけて言うなら
「人類の興亡を決める戦いが1対1のガチンコタイマン勝負なんて……なんて ……カッコいいじゃないか!」
というとこだったような気がするのです。

しかしながら、前作の大ヒットを受けて製作されたこの2部作(とあえて呼びたい)においては、そんなことあったっけ?とばかりにネオはスーパーマンになり、身体なんてどこかに置き忘れたかのような非現実的なアクションシーンの連続で、あら〜こっちへ行っちゃったのね〜と言う感じです。

確かにパーツごとに面白いと思うシーンが無かったわけではないのですが、なんだか、アクションに感心してるんだか、技術に感心してるんだか、判らないと言うのはどうなんでしょう?

ラストのネオとスミスの死闘も、なんだかゲームの画面を見ているようで白けてしまいました。
 
「リローデッド」では1作目の世界観をすべてひっくり返してくれたわけで、一体どういう始末をつけるのか興味津々だったのですが、終わってみれば、数々の謎は答えが出ないまま多くのものが放置されたわけですけど、正直もうどうでもいいという気持です。
日本の、とあるアニメにそっくりなラストに至っては何をかいわんや…

人間功なり名遂げてなお、初心を忘れないのは難しいものだなぁと、変な感慨にふけってしまったのでした。

 

恋は邪魔者

冒頭、古い20世紀フォックスのロゴに、ん?と思い、続く、やはり古いフォントの

「CINEMASCOPE」に、おお!って感じで始まる徹底したフェイク60’sの世界。

「恋は邪魔者」なる著書を引っさげてNYへやってきた新進作家のバーバラと、プレイボーイの花形記者キャッチャー。
インタビューを女性とのデートのためにすっぽかした仕返しに「サイテー男」とテレビで名指しされ、女性から総スカンを食うはめになったキャッチャーは別人になりすまし、バーバラを口説きおとそうとするが…

何といってもこの手の映画は会話が命。
キャッチャーの口説きのテクニック、それに対するバーバラとの打々発止のやりとりや、倫理基準の厳しい時代、という設定を逆手にとったきわどい会話(ただし当世風に少々過激。スプリットスクリーンの使い方には爆笑。)の応酬はこれぞ、ロマンティックコメディ!という感じ。
キメすぎなくらい、キメキメのファッションやインテリアも目のごちそう。

しかしながら、60’sそのままでは、この21世紀にリメイクする理由は無いわけで、ちゃ〜んと現代に通じるよう、ひねりが加えられているのが偉いところ。

ユアンが、いかにもな昔のハンサムにぴったりとハマってます。
が、この映画中ではタブーなはずの上半身裸をなぜか披露。我慢できなかったのね。
レニーは可愛いだけじゃなくて、ちょっと野心的なとこが有るって感じが、またまたハマり役。
もうひと組の男女を演じるサラ・ポールソンとデヴィッド・ハイド・ピアースがイイ味出してます。
特に、ピアースのとぼけた可笑しさは最高。

何といってもユアンが歌うのを観ると、なんでだか激しく幸せな気分になるわたし。
1曲しか歌ってくれないのが、残念といえば残念だわ。

 

バレット・モンク 周潤發、舞台挨拶付き

東京ファンタスティック映画祭のクロージング作品。
亞州影帝、周潤發(チョウ・ユンファ)の舞台挨拶つきです。
 
監督はユンファの大ファンで、ユンファに二丁拳銃握らせたくてこの映画を作ったとか言っているらしいですが、彼が見たのはせいぜい「男たちの挽歌」と「グリーン・ディスティニー」ぐらいに違いありません。
でなきゃ、ユンファがカンフーはあんまり得意じゃないってことぐらい知ってるはずです。
あと、コメディセンスが抜群だってことも。
 
世界を支配する力を持つ経文を守るチベット僧のユンファが、な〜ぜ〜か〜アメリカで後継者となる青年を発見。
しかしその経文を狙うナチスの残党が…つうはなし。
 
なんでチベット僧の後継者がアメリカ人のボンクラなんだよ!とか、後継者の徴って駄洒落なのかよ!とかツッコミどころが満載です。
しかもそのボンクラ(「アメ・パイ」シリーズのショーン・ウィリアム・スコット)はカンフー映画を毎日見て真似してただけで使い手になっちゃうといういいかげんさ。
せめて逆さ釣りになって瓶から水を汲み上げるとか、長い布を1本の棒になるまでグルグル捩るとか、最後の手段で、わけのわからん秘薬に焼けただれた手を突っ込むとか、そういう描写がないと納得いかんですよ。

コメディ(らしいです。一応)としても中途半端で、全然笑えないし、それでも、アクションが決まってれば何とか見ようもあるってもんですが、
MTV出身者にありがちな、その場の画を作る事しか考えてなくて、流れとかをまったく無視したアクションシーンしか撮れない監督では、ユンファの無駄遣いです。
マコ岩松さんも無駄遣いされてましたね。ああ、もったいない。

どうでもいいですが、原題は「Bulletproof Monk」(直訳:防弾坊主)なのに
邦題が「バレット・モンク」(弾丸坊主?)なのはなぜ?
   
アクション良し、演技良し、コメディ良し、とほとんど万能プレーヤーに近いユンファなのにそれを活かす役が廻ってこないというのは悲しいことです。
ああ、ユンファがハリウッドでまともな映画に出られる日は、いったい何時なのでしょう。
しかしながら、もしかしたらこんな映画!とか心の中で思ってるかも知れなくても、常に監督や共演者を褒めたたえ、ファンにもサービスを忘れず、ニコニコと笑顔を絶やさないユンファは本当に本当に素敵でした。
次回作はついにジョン・ウー監督の「華工血涙史」だそうなので、それに期待したいところです。(追記:これは限りなくボツに近いっぽい)
 
ところで、映画の中でショーン・ウィリアム・スコットが観ていた映画の題名は

 「佛山贊先生」 '79年
  監督:黄〔口合〕
  出演:徐少強、李海生、馮克安

imdbはこちら
だということが、せんきちさん、shinoさんの御協力にて判明しました。
お二方、ありがとうございました。

 

マッチスティック・メン
 
よく考えると、詐欺としてはかなりアラが目立つ話じゃないかと思いますが、これは、ロイと人生とのささやかな和解の物語なんだと考えれば納得。
なんといってもN・ケイジの神経症演技が最高。
やりすぎだと言われたって、そこが好きなんだよぅ。
サム・ロックウェルもイイ味出してます。
一番の詐欺は14才の娘役のA・ローマンが実は24才だってことかな。


アマロ神父の罪

カトリックのタブーというよりは、ただの愚かな若者の愚かな所行の顛末って気がしてしまうのですが、信仰のある人にはショッキングなのかも。
脇の神父たちのほうが、よっぽど教会の政治と信仰の問題を感じさせてくれました。
ガエル君も今一つ生彩に欠ける感じ。

 


陰陽師2

何かコメントをつける気もしないです。
野村萬斎はいいんだけど(でも女装は変)ね、はぁ…

 


28日後
 
サバイバルパニック映画としてはまあまあ。
ほんとは人と人のコミュニケーションとかがテーマな気がするけど、それについてはふ〜んって感じでした。
ただ、脅かし方が、デカイ音だけってのは芸がない気が。
「VHS3倍を更にダビング」みたいな荒れたビデオ画像は荒廃した雰囲気には合っていなくもなかったけど、人っ子一人居ないロンドンの街ぐらいは、フィルムで撮って欲しかった。

もう一つのエンディングは蛇足かな…

 


ドッペルゲンガー
 
ホラーかと思えばコメディのような、コメディかと思えばホラーのような…
「自分捜し」なんて言葉を、思いっきりバカにした展開には呆然、なのにラストはなぜか晴れ晴れ。 
意外なことにユースケ・サンタマリアがいい。まあ、ただ単に役と地がぴったりハマったってだけかも知れないけど。

 

ラストサムライ

正直、初めて予告を見た時から「また、ハリウッドが受け狙って勘違い映画をつくっちゃって〜、ぷっ!」と馬鹿にしてました。
だって、予告編で「侍魂」ならぬ「待魂」とか出て来ちゃってたし(その後直されました)
トム・クルーズが侍になるとか言われてもねぇ、なんじゃそりゃ状態だったのに…
もうホントにすまんかった!私が間違ってた、トム!

「武士道」なんて、日本人にさえよく理解出来てないものなのに、まして外国人が、こんなにも丁寧に、深い敬意とともに描いてくれるとは。
忠義とか名誉とか、いったいどこに置き忘れて来たんだろうと思えるような現代の日本に生きていて、それでも確かに私の心の琴線に「侍魂」はしっかりと響きました。
「死ぬことと見つけたり」の「死ぬこと」のためには、いかに今を「生きる」のか、それが「武士道」だと私には思えます。
勝元達が何に殉じて「生きた」のか、その信念の美しさに心が震え、涙があふれました。

渡辺謙は圧倒的なカリスマで映画を支配し、真田広之が見事な殺陣を披露し福本清三が無言の存在感を示し…と本当に日本人キャストの誰も彼もが素晴らしく、まったく位負けしていない…というより完全にトム・クルーズを喰ってます。
ですが、トムの熱意がなければこの映画が作られることはなかったと思うので、それには敬意を表しておきましょう。
殺陣はなかなか頑張ってたと思うし。
それにしても、なんでそんなに日本が好きなんだい、トム?

心配していた日本の描写は、多少のツッコミどころはあるにしても(富士山でかっ!その植物はどこのだよ!とかね)おおむね満足のいくものでした。
これについては日本人キャストの方々が、監督に付きっきりで間違いを指摘し、日本語の台詞もほとんど彼らが書いたそうです。
しかし、以前他の映画に出演した俳優さん(名前失念)が同様の指摘をしても、「そのほうがアメリカ人にはわかりやすいからいいんだ」と直してくれなかったと語っていたことがあり、それを思うに、やはり今回は監督側も相当気をつかってくれていたのでしょう。

撮影も陰影を活かした美しいもので、最近の日本の時代劇のぺらぺらな画面にうんざりしていた私には大変満足でした。
あと細かいとこですが、勝元の郎党がちゃんと侍の顔の人たちなのも良かった。
(実際の武道家の人たちなんだとか。シェーン・コスギも出てるらしい)

エキストラも絶対に全員日本人でなければダメだ!とトムちんが主張してくれたそうです、いい人だ。

とにかく、これだけ日本を、日本人であることを誇らしく思える作品なんてめったにあるものではありません。
そして、それが日本映画ではないことがちょっぴり悔しくもあるのですが。

追記:今読むとちょっと興奮しすぎ…観てすぐに書いたもんでね。でも感想はそんなに変わってないです。

   そしてこの日本描写が基準になってしまった現在『さゆり』が心配だ…

キル・ビル vol.1

タラちりお腹いっぱい。
と思ったのですが、しばらくたつとまた観たくなるから不思議。
で、結局2回観てたりして。
1回めも思ったけど、結局は「青葉屋」のシーンにすべてが集約されてしまうのですね。
と、いうことは冒頭の復讐の印象が弱いということだけど、時間軸通りでは1人目のオーレン・イシイの章を後に持って来たのは、タラの構成が上手かった。
 
「青葉屋」はタラが夢見る箱庭宇宙みたいなもので、これを勘違い日本の象徴みたいに言うのは間違っとるよ、だって解っててやってるんだから。
そこでは、彼のミューズであるユマ・サーマンがトラックスーツで日本刀を振り回し、凶悪な女子高校生の(栗山千明、眼力は強力、でも台詞のぎこちなさは▲)空飛ぶギロチンと対決したり、カトーマスク付けた大勢の敵を撫で斬りに!
血が多すぎる?手足が飛ぶのが残酷?だってこれはリアル・ワールドの話じゃないんだし。
いや、ここまでジャージャー血が飛び散るのに少しもそれっぽく見えないのはめずらしいかも。(ちなみに私、リアルなスプラッターは苦手です…)
ただ、ユマは足が長過ぎるせいか、殺陣がいまいちカッコよく決まらないのが残念と言えば残念。
(そう考えるとトムちんは着物の似合い方といい、殺陣の決まり方といい実は…以下自粛)
 
どう考えてもVol.1に関してはオーレンの方に力入れてるのは明白で、だって彼女だけが生い立ちから、どうやってやくざの女親分に納まったかまでを詳細に描写されてるわけで。
タラのもう一人の夢の女性、梶芽衣子の修羅雪姫の格好をしたルーシー・リューは今までになく綺麗に見えました。
ルーシー演じるオーレン・イシイ姐さんの凛とした佇まい、雪景色の死闘は美しく、そこで交わされる日本語の会話も、最初はやっぱり違和感があってぷぷぷって笑っちゃったけど、2度目には奇妙な感動すら沸き上がって来ました。
「カタナハツカレシラズ、アンタニモマダチカラガノコッテレバイインダケドネ」 とか台詞自体はかっこいいんだよね。
  
昔、テレビで見ていた東映の仁侠物やアクション映画を思い出したり。
もっとも私の憧れのヒロインは梶芽衣子じゃなくて、緋牡丹お竜こと藤純子(現富司純子)だったんですが。
と言いながら、一番近いのは井上梅次版の「黒蜥蜴」を観た時の気分かも。

ただ、あの当時のいい意味での泥臭さみたいなものはあんまり感じられなかったってのは、良きにつけ悪しきにつけタラがスタイリスト(映画のね)だからなのかな。
  
ともかく、こんな映画をメジャースタジオで、予算も沢山使えて、しかもスタジオの干渉もなく撮れてしまうタラってなんて幸せな人なんでしょ。

 

月曜日に乾杯

「隣の芝生は青い」ということを確認するためにわざわざ旅に出なくてはいかんとは、男とはめんどくさい生き物よのう。
インチキ貴族の爺さんが最高、と思ったらなんと監督本人だそうな。

 


マグダレンの祈り
 
レイプの被害者、未婚の母、男の子と話をした、ただそれだけで、穢れたとみなされ刑務所も同然の修道院に送り込まれ、過酷な重労働をさせられる。
こんなことがつい最近まで行なわれていた(この修道院は1996年まであったそうだ)ということがまず信じられない。
ただ、それはカトリックのせいだけではなく、家父長制の支配する社会全体がそれを許していたということでもあるのだ。
静謐でありながらピンと張り詰めたような画面が印象的で、院長やエロ神父のグロテスクさを際立たせている。
脱出するところがドタバタ喜劇のようでなんかバランス悪い気がしたけど、あれがなければただひたすら暗い映画になっていたかもしれないので、それはそれでよかったのかも。

 


クジラ の島の少女

パイケアの健気さには涙してしまったのだが、なんで爺さんがそんなに指導者にこだわるのかがよくわからない。
父親は、なんで娘をほったらかしにして外国に行っちゃったのかしら?とか。
海の映像は綺麗だし、マオリ族の民俗衣装というか化粧はかっこよかったけど。
  


シャンハイ・ナイト
 
ストーリーのゆるさには眼をつぶって…
ハリウッドに渡ってから一番ジャッキーらしさが出た作品なのではないでしょうか。
往年の体のキレがないのは寂しいけど、小道具を次々使ってみせる流れるようなアクションシーンにはわくわくさせられたし、何と言ってもドニー・イエンとの対決をみられただけでも(もうちょっと長く観ていたかったけど)大満足。
オーエン・ウィルソンのボケキャラにも更に磨きが掛かってたし。

 


サロメ

前半は別にいらないんじゃないかと…
後半は後半でなんだか欲求不満が溜まる出来。実際の舞台が観てみたい。

 


キューティーブロンド/ハッピーMAX


こういう続編は作ってはいけないという見本のような作品。
前作のいいところが何一つ残ってないんだもの。
これとか「マジェスティック」とか、キャプラの上っ面だけ真似て安易なアメリカ万歳に持ってくのはやめてもらいたい。
だいたいね、エルの勝負服がなんでピンクじゃないわけ!?プンプン!
 

 


イン・ディス・ワールド

マイケル・ウィンターボトムって何だってこう1作1作まるっきり作風が変わってしまうんだろう?しかもそのほとんどがある程度の水準に達してるんだからなぁ
同じ名前で3人ぐらいが活動しているのかも(たぶん嘘)
アフガン難民の少年がキャンプからイギリス目指して旅をする。
旅といっても、死と背中合わせの過酷な旅。
途中何ヶ国も通過するけど、自分がどこにいるのか、どういう状況なのかも解らぬまま、密入国業者の手から手へ渡されていく。
映画を観ている私たちにもまったく情報が与えられないまま、彼らと一緒に旅を経験することになる。
他の難民と一緒に狭いコンテナに閉じ込められて、少年の連れも幼い子を連れた一家もその幼子を残して死んでしまう。
そうまでしてたどり着いたイギリスは、少年にとって夢見た土地なんだろうか。
彼はモスクで何を祈ったのだろう?
これが、今この世界で起こっていることのほんの一部。




座頭市物語

なんといっても平手造酒を演じた天知茂がいい。
市と平手造酒の出合いからさり気なくお互いを認め、友情を深めていく様子が丁寧に描かれているので、最後の台詞がグッと来るんだよねぇ。


悪名


関西弁を喋る勝新はちょっと違和感あるんだけど、それを差し引いても
面白い。男が惚れる男に女も惚れるの典型的な男、朝吉を魅力的に演じている。
後のクールなイメージの田宮二郎しか知らない人は、これを観るとびっくりするんじゃないのかしら。
以前はテレビでしか観てなかったので、こんな大きな画面で水谷八重子を観ると余りのど迫力に失神しそう(大げさ)
そういえば、「続・悪名」でモートルの貞は死んじゃうんだけど(昔の作品なのでネタバレ御免)このコンビがあまりに人気があったために次の作品で弟として再登場するんだよね…ジョン・ウーは、これを観て双子の弟というアイデアを思い付いたに違いない。

 

アイデンティティ

え〜っと、今さらかも知れないけどこれについては予備知識を入れずに観たほうがいいと思うので、何も言えません。
反則すれすれの技ですが、なかなか良く出来ていると思います。


フォーン・ブース

お金使わなくても、ワン・アイデアでここまでできる、という見本のような作品。
ちょっと奥さんの造型とか疑問が残るけど、ジョエル・シュマッカーにしては面白かった。短くまとめたのも○
 


ファインディング・ニモ

いつもピクサーの映画って、そこはかとない毒みたいなものがあって、そこが面白いと思うんだけど、今回は監督が違うせいかとてもウェルメイドな仕上がりでした。ウェルメイド過ぎるくらい。
もちろんとても良く出来た映画で、映像もすばらしい(本編前の短編と比べると水の表現がどれだけ進歩したか判る)んですが、ちょっと物足りないというか。
あと、この映画を観てクマノミを飼いたいと思う人の神経が解りません。


10ミニッツオールダー/人生のメビウス

なんといっても、ヴィクトル・エリセ。
たった10分の間にあれだけの広がりとサスペンスを展開できるとはね。
最後に出てくる日付けって何か意味がありそうなんですが、不勉強のため わからず。
アキはまあ、いつもの感じ。スパイク・リーの(ちょっとこういう映画にするには時事ネタすぎるけど)テンポの良さ、ジム・ジャームッシュの行間と、短かいぶんそれぞれの特徴が良く出た作り。
ヘルツォークのはなんかしみじみしましたね。そんな、と思うけどなんか、悲しい話です。
陳凱歌も中国の変化(あの北京の風景はちょっと凄いな、そっちがCGかと思ったわ)をあれだけで表現してみせたのはさすが。
ヴェンダース…今さらドラッグでもないだろうと思うんですがねぇ…

 
真実のマレーネディトリッヒ

監督はディートリッヒの孫だそうで、家族ならではの貴重な映像が観られただけでも満足。ジャン・ギャバンとのあんな映像が観られるなんて!
どっちかといえば、女優ディートリッヒより、人間ディートリッヒに力点を置いた作りなので、これとマクシミリアン・シェルの撮った「マレーネ」と合わせて 観るのも一興かと。


武士 MUSA

「この女さえ居なけりゃ」選手権を開催したら間違いなくチャンピオンになりそうなチャン・ツィイーですが、この映画でもその素質を遺憾なく発揮。
可愛けりゃ何してもいいのか!?いいんだろうなぁ…
えっと、主役の二人は韓国では人気があるんですか?
彼らをカッコよく撮ろうとするあまり、タメが多すぎてリズムを阻害してると思いました。だらだらしてんだよなぁ、全体に。
ベテラン、アン・ソンギ(弓の名人役)が貫禄勝ちで見せ場をさらったね。



エルミタージュ幻想
  
なんと90分1カットでエルミタージュ美術館を旅し、ロシアの歴史に思いを馳せる…………はずなのだけど、すいません睡魔との戦いのほうが大変で…


セプテンバー11
 
 9.11から1年後11ヶ国の映画監督がそれぞれの方法で11分9秒1フレームという
 制約のもと作り上げた11編の短編。
 各人各様に物語を語ろうとする中で、一切それを放棄してしまったかのように
 見えるメキシコのアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥのパートがよくも
 悪くも印象に残る。
 あの映像、あの声、あの音以上にインパクトのある映画など作れはしないのだ
 けど、それでも語られるべき物語はあると思うのだ。
 その意味では、ショーン・ペンの挑戦も良かったと思う。
 今村昌平は…なぜこの人が日本代表なのさ!ぷんぷん。

 

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